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松江地方裁判所 平成11年(ヨ)9号 決定

主文

本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  債務者らは、株式会社竹中土木、同松雲建設興業、同真幸土木による共同企業体との間に、松江市保健・医療・福祉ゾーン用地造成工事に関する契約の締結をしてはならない。

二  債務者らは、松江市浜乃木町、乃白町、乃木福富町及び浜乃木七丁目地内において、松江市保健・医療・福祉ゾーン用地造成工事をしてはならない。

第二事案の概要

本件申立ては、松江市が松江市内において松江市立病院(以下「市立病院」という。)等の建設を予定している造成工事に関して、債権者らが、右造成工事予定区域にある古代の遺跡の破壊自体、さらに同遺跡を破壊して同区域に市立病院等を建設するための決定手続過程のいずれもが文化財保護法に違反しているから、債務者松江市長が右造成工事に公金を支出することは財務会計上違法であると主張し、債務者松江市長に対して右公金支出の差止めを求める住民訴訟を提起した上、右公金支出差止請求権を被保全権利として、債務者らに対して、申立ての趣旨のとおりの仮処分を求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いがないか疎明資料により容易に一応認められる事実)

1  整備事業の内容等

債務者松江市長は、平成九年三月市議会において、松江市が、松江市浜乃木町、乃白町、乃木福富町及び浜乃木七丁目地内(以下「田和山地区」という。)を造成して、市立病院及び松江市保健福祉総合センター等の施設を建設し、松江市保健・医療・福祉ゾーンを整備する事業(以下「本件整備事業」という。)を行うことを表明し、同年九月市議会において、田和山地区を右施設等の建設用地として取得し造成等を行う保健医療福祉ゾーン用地取得造成事業(以下「本件用地取得造成事業」という。)のための債務負担行為の承認を得て、同年九月一六日、債務者松江市土地開発公社(以下「債務者公社」という。)との間で、本件用地取得造成事業の協定書(以下「本件協定書」という。)を取り交わし、田和山地区の用地取得及び造成工事(以下「本件造成工事」という。)等を委託した。

2  遺跡の発掘調査等

松江市は、田和山地区が周知の埋蔵文化財包蔵地であったことから、松江市教育委員会(以下「市教委」という。)に同地の発掘調査を依頼し、市教委は、平成九年四月一四日から、右発掘調査を行った。

平成一〇年八月頃までの発掘調査により、田和山地区にある標高約四六メートルの小高い山(以下「田和山」という。)の周りを三重の環壕が巡っていることが発見され、山頂部からは多数の柱穴が、第一環壕、第二環壕からは多数の河原石が、環壕とその周辺からは弥生土器、武器類である鉄剣形石剣、石鏃、環状石斧、祭祀用と考えられる銅剣形石剣、丸玉が、環壕の外側からは住居跡などが発見された。また、山頂部には高床式建物と物見やぐら及び山頂部を囲う柵列があったと考えられ、山頂に近い内側の環壕(第一環壕)は弥生時代前期終わりに、真中の環壕(第二環壕)、外側の環壕(第三環壕)は弥生時代中期に作られたと考えられている(以下、この遺跡群を「田和山遺跡」という。)。

3  記録保存の方針

松江市教育長及び債務者松江市長は、平成一〇年五月から六月ころ、市議会等において、田和山遺跡を記録保存とする方針で検討していることを表明した。市教委は、田和山遺跡の取扱いについて、島根県教育委員会(以下「県教委」という。)と数度にわたり協議をした後、平成一〇年一二月、県教委から、田和山遺跡は類例の少ない弥生時代の環壕を持つ遺跡であるが、現状での保存は難しい状況にあると考える旨の回答を受けた。

4  本件造成工事の請負契約

債務者らは、平成一一年四月、本件整備事業を目的として本件造成工事を同年六月から着工する方針であることを表明し、同年五月、本件造成工事の一般競争入札を行い、株式会社竹中土木、同松雲建設興業、同真幸土木による共同企業体(以下「本件共同企業体」という。)がこれを一四億二〇〇〇万円で落札し、債務者公社は、平成一一年六月三日、本件共同企業体との間で、本件造成工事の請負契約を締結した。

5  その後の動き

田和山遺跡の発掘調査は、平成一一年一一月末ころには終了し、本件造成工事は未だ着工されていない。

6  本案訴訟

債権者らは、平成一〇年一二月二五日、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、債務者松江市長が本件造成工事に公金を支出することは違法である旨を主張して、債務者松江市長に対して、右公金支出の差止めを求める住民訴訟を提起した(当庁平成一〇年(行ウ)第八号事件)。

二  債権者らの主張

1  被保全権利

(一) 田和山遺跡の重要性

田和山遺跡は、特異な構造を持つ遺跡であり、弥生時代の出雲地方の人々の生活や文化等を解明する重要な資料となるものであって、歴史的にも学術的にも極めて価値の高い貴重な文化財である。

すなわち、田和山遺跡は、平成一〇年八月までの発掘調査に加え、平成一一年四月以降の発掘調査により環壕外側から新たに竪穴住居址一一棟などが発見されたことから、山頂部の祭祀域を中心に三重の環壕からなる軍事施設域及び環壕下方の居住域などが相互に密接な関連を持つ祭祀的軍事的遺跡との特徴をもつものであり、また、弥生時代の田和山地域の祭儀の発展していく過程や田和山遺跡をめぐり弥生中期後葉のころに戦いがありそれ以降は利用されなくなったことなどを具体的に想定でき、さらに、友田遺跡など乃木地区一帯の弥生地域社会の象徴的遺跡であると考えられている。

このように、田和山遺跡は、その構造、規模、位置、立体像等に学術的にも鑑賞的にも存在価値があるのであり、現状保存されて初めてその文化財としての価値を発揮できるものである。

(二) 本件整備事業の違法性

(1) 文化財保護法三条は、国及び地方公共団体は、文化財がわが国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことができないものであり、且つ、将来の文化の向上発達の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならないと規定している。

また、文化財保護法四条、九八条、地方自治法二条三項一四号、ユネスコ活動に関する法律も、文化財の所有者や国及び地方公共団体に対し、文化財を保護すべき旨を要請しているし、松江市は、文化財を指定して積極的にその保存活用を図る権限も付与されている。

したがって、松江市は、その所有する貴重な田和山遺跡を現状保存する義務があるというべきである。

(2) 本件造成工事は、松江市が、自ら田和山遺跡を破壊するものであるから、文化財保護法三条その他の前記法令に反する違法なものというべきである。

(三) 本件整備事業の用地決定手続の違法性

(1) 埋蔵文化財の保護に関する手続違反

文化財保護法は、未指定の埋蔵文化財の保護に関して、同法五七条の三等に「協議」「勧告」等の規定を置いているが、右権限発動を具体的にするための前提として、文化庁の委任を受けた都道府県教育委員会や市町村教育委員会の事業主体に対する行政指導による手続を予定しているといえる。

右の行政指導による手続の具体的内容は

① 事業区域が概略決定された段階で、当該区域内における史跡、埋蔵文化財等の所在状況やその取扱いについて教育委員会に照会・協議する。

② 事業計画の進捗状況に応じ、予定区域内の埋蔵文化財について、分布調査や確認調査を教育委員会に依頼する。

③ 事業予定地内に遺跡が存在する場合、事業計画を変更して遺跡を現状保存をすることができないかどうか等の協議を教育委員会と行う。

④ 協議の結果、埋蔵文化財包蔵地において土木工事等を行う場合には、文化庁長官にその旨の届出又は通知を行う(同法五七条の二又は同法五七条の三)。

⑤ 文化庁長官(通常の場合は都道府県教育委員会教育長)から発掘調査実施の指示があった場合、本発掘調査を行うことになる。本発掘調査の実施に当たっては、発掘調査を実施する機関から文化庁長官に同法五七条による届出又は同法九八条の二に基づく通知を行う。

⑥ 本発掘調査によって重要な遺跡が発見された場合には、発掘調査を一時中断し、教育委員会と事業計画変更等の再協議を行い、可能な限り遺跡の現状保存を図る。

⑦ 本発掘調査の現地調査終了後、整理及び報告書作成を行う。これにより、一連の発掘調査が完了する。

⑧ 遺跡不時発見の時は、同法五七条の五又は同法五七条の六による届出又は通知を行う。発見された遺跡の取扱いについての手順は、周知の埋蔵文化財包蔵地に関する取扱いの手順とほぼ同様である。というものであるが、本件整備事業の事業主体である松江市は、右③及び⑥の手続を行っていない。特に、松江市は、平成一一年四月以降も発掘調査が継続されていたにもかかわらず、調査終了の報告書の作成もしていないし、田和山遺跡の取扱いについて右報告書を基にした県教委や市教委との協議も行っていないが、これは右⑥の手続違反が著しいものといえる。

このように、松江市が、右手続を履践しないまま田和山遺跡を破壊して本件整備事業を行うことは、違法である。

(2) 用地決定の判断方法の誤り

松江市は、平成三年に、田和山を遺跡の埋蔵地であることを承知した上で取得したものである。そして、遺跡は、基本的に非代替的な価値を有するものであり、その価値は、いったん破壊されれば回復不能である。

したがって、松江市は、本件整備事業の用地を田和山地区と決定するに際しては、文化財保護法上、まず十分な発掘調査を行い、その結果に基づいて考古学者等の専門家の意見や、市民、関係者、関係諸機関の意見を十分聞いた上で、遺跡の重要性等に対して最大限の考慮を払うべき義務があるというべきである。

しかし、松江市は、田和山遺跡の発掘調査をする前から田和山地区を本件整備事業用地とする結論を出し、候補地の検討や県教委との協議等も右結論を前提として形式的に行ったにすぎないのであり、さらに、貴重な遺跡が発見された後も、田和山遺跡の価値について専門家や文化財保護審議会に意見聴取するなどして再検討することもせず、本件造成工事を強行しようとしている。

松江市は、田和山遺跡の重要性を考慮せず又は不当に軽視して、本件整備事業の用地を田和山地区と決定したものであり、その判断過程には、尽くすべき考慮を尽くさなかった違法がある。

(四) 公金支出差止請求権

(1) 前記のとおり、田和山遺跡を破壊する本件整備事業及びそれに基づく本件整備事業の用地決定手続はいずれも違法であり、違法な本件整備事業ないし本件造成工事に対して、債務者松江市長が公金を支出することは、財務会計上違法である。

(2) 債務者らは、本件共同企業体との間で本件造成工事の請負契約を締結し、本件造成工事に着工する予定であるが、本件造成工事が行われれば、貴重で非代替的な文化財である田和山遺跡が破壊されて回復し難い損害が生じるし、また、本件協定書に基づき、本件造成工事等の完了後に十数億円もの公金が違法に支出されることになり、松江市に回復し難い損害を生じさせる。

(3) よって、松江市の住民である債権者らは、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、右公金の支出を差し止める権利がある。

2  保全の必要性

前記のとおり、債務者らが本件共同企業体との間で本件造成工事の請負契約を締結し、本件造成工事が行われれば、本件協定書に基づき、本件造成工事等の完了後に十数億円もの公金が違法に支出されることになり、松江市に回復し難い損害を生じさせる。

したがって、債権者らは、松江市に右の著しい損害が生ずることを避けるため、申立ての趣旨のとおり、債務者らが、本件共同企業体との間で請負契約を締結すること及び本件造成工事をすることを差し止めておく必要がある。

三  債務者らの主張

1  保全処分の可否について

本件申立ての本案は、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく住民訴訟(以下「一号訴訟」という。)であるところ、一号訴訟については、保全処分を求めることはできない。

したがって、本件申立ては不適法であり、却下されるべきである。

2  債務者公社の債務者適格について

本件申立ての被保全権利は、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求権であるところ、債務者公社は、住民監査請求の対象者ないし住民訴訟(本案訴訟)の被告となり得ない。

したがって、債務者公社には、本件申立ての債務者適格がないので、債務者公社に対する本件申立ては、却下されるべきである。

3  申立ての趣旨一項の申立ての利益について

債務者公社は、平成一一年六月三日、本件共同企業体との間で、本件造成工事の請負契約を締結した。

したがって、申立ての趣旨一項の申立てについては、申立ての利益がない。

4  被保全権利について

(一) 本件整備事業の適法性について

(1) 文化財保護法は、文化財のうち保護する必要のあるものについて、文部大臣が指定して保護を図ることを基本としているところ、田和山遺跡は、史跡名勝天然記念物(文化財保護法六九条)に指定されていない。

したがって、田和山遺跡は、文化財保護法により、現状保存が義務づけられた遺跡ではない。

(2) 文化財保護法三条、四条は、国及び地方公共団体の任務、国民や所有者等の心構えを定めた一般的規定であり、何らかの具体的義務を定めたものではない。同法九八条も、地方公共団体の事務を定めたものであり、何らかの具体的義務を定めたものではない。

(3) 以上のとおり、債権者らの本件整備事業が違法である旨の主張は、何ら具体的根拠のないものである。

(二) 本件整備事業の用地決定手続の適法性について

(1) 松江市は、市立病院が著しい老朽化、狭隘化のため、地域の中核病院としての機能を十分発揮できないという問題や保健、医療、福祉の一元的サービスのため、これらを一体的にゾーン整備する必要性に迫られ、市立病院診療機能等検討委員会(以下「診療機能検討委」という。)の答申や市立病院等立地検討委員会(以下「立地検討委」という。)の報告等を受けて、本件整備事業を行うこと及びその候補地を田和山地区とすることを決め、債務者松江市長が平成九年三月の市議会でその旨を表明し、市議会は平成九年九月、本件用地取得造成事業の債務負担行為を承認した。

(2) 松江市は、田和山地区が周知の埋蔵物包蔵地であったことから、平成九年四月、同地区を発掘することを市教委、県教委を経由して文化庁長官に通知し(文化財保護法五七条の三)、市教委に発掘調査(同法九八条の二)を依頼した。

(3) 市教委は、発掘調査により三重の環壕等が発見されたことや、田和山遺跡が弥生時代の出雲地方の遺跡であることから、その保存方法について現状保存も含めて検討したが、現状保存することは技術的にも財政的にも極めて困難であること、本件整備事業の必要性及び緊急性、市議会及び住民の本件整備事業の早期実施を求める要請、本件整備事業を行う適当な候補地が他にないこと等の諸事情から、田和山遺跡を記録保存とするのが適当と考えるに至った。また、この問題について県教委と協議したところ、県教委は、平成一〇年一二月、市教委に対し、現状での保存は難しい状況にあるとの回答をした。

市教委は、右回答に基づき、田和山遺跡を記録保存とすることを決めた。なお、文化財を松江市の指定文化財に指定する権限や文化財の保護に関する権限は、松江市や債務者松江市長ではなく、市教委にある(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一四号)。

(4) 松江市議会は、平成一一年三月、本件用地取得造成事業の債務負担行為を承認した。

(5) 以上の経緯で、松江市は、市議会や住民の意向、市教委が田和山遺跡について調査検討した上で記録保存と決め、本件造成工事が可能となったこと等を考慮して、田和山地区で本件整備事業を行うことを決めたものであり、その手続ないし判断過程に違法な点はない。

(三) まとめ

以上によれば、本件整備事業ないしその用地決定手続は適法であり、したがって債務者松江市長が本件整備事業に公金を支出することも適法であるから、債権者らの主張する被保全権利は成立する余地はない。

四  債権者らの反論

1  一号訴訟についての保全処分について

本案たる公金支出差止請求訴訟の差止めの対象は、市立病院建設等を目的とする本件用地取得造成事業のための本件協定書による公金の支出であり、契約(協定)に基づく私法的行為であって、公権力の行使たる行為ではないから、民事訴訟上の仮処分が認められるのは当然である。

2  債務者公社の債務者適格について

仮の地位を定める仮処分の相手方は、その仮処分について直接の関係を持つ者を相手方とすればよく、必ずしも本案の被告に限定されない。

債務者公社は、債務者松江市長から依頼されて本件造成工事の請負契約を締結し、本件造成工事を行うのであって、債務者公社が右契約等をすれば当然に債務者松江市長が公金を支出する密接な関係にあるから、公金の差止めを求める本案訴訟の保全の目的を達するためには、債務者公社をも本件申立ての債務者とする必要がある。

第三当裁判所の判断

一  一号訴訟についての保全仮処分の可否について

債権者らは、債務者松江市長に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、本件協定書に基づく本件造成工事への公金支出の差止請求訴訟を提起し、債務者らに対し、右差止請求権を被保全権利として、本件申立てに係る仮処分を求めているので、同号に基づく普通地方公共団体の執行機関又は職員に対する当該行為の差止請求権を被保全権利として、民事保全法の仮処分を求めることが許されるか否かについて判断する。

1  地方自治法二四二条の二第一項の規定による住民訴訟は行政事件訴訟法五条所定の民衆訴訟の一つであり、地方自治法二四二条の二第六項により行政事件訴訟法四三条の規定が適用されるところ、同条三項によれば、民衆訴訟のうち同条一項及び二項に規定する処分又は裁決の取消し又は無効の確認を求めるもの以外の民衆訴訟には当事者訴訟に関する規定が準用される。そして、当事者訴訟に関する同法四一条によれば、当事者訴訟には執行停止の規定である同法二五条が準用されず、また、同法四四条は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為以外については、明文で仮処分をすることを排除しておらず、同法七条によれば、同法に定めがない事項については、民事訴訟の例によるものとされている。したがって、住民訴訟に関しても行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為を妨げるものでない限り、民事保全法の仮処分に関する規定が準用され、右訴訟を本案とする仮処分も許されると解する余地がないでもない。

2(一)  しかしながら、行政事件訴訟法七条は、民事保全法の仮処分の規定を個別に準用しているわけではなく、行政事件訴訟の全般について抽象的に「民事訴訟の例による」としているのみであるから、民事訴訟の例ではあっても、行政事件訴訟の性質に反するものについては、その例によるべきではないと解すべきである。

そして、同法四三条三項は、当事者訴訟に関する規定を準用すると規定し、これを適用するとは規定していないのであるから、当事者訴訟と住民訴訟とでは、民事訴訟の例によるべき範囲について、その性質の違いに応じた差異があるというべきである。すなわち、住民訴訟は、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として法律によって特別に住民に与えられた権能であり、地方財務行政の適正な運営を確保することを目的として、自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものであって、個人的利益の保護を目的とする民事訴訟の例によることのできる場合の解釈については、おのずから限定的にならざるを得ないというべきである。

これを保全仮処分についてみると、民事保全制度が必要とされかつ許容される理由は、自力救済を禁止し個人的権利・利益の確定を訴訟によらしめた民事訴訟制度自体を有意義なものとするため、すなわち本案の判決が確定してもその効力が無意義にならないため、権利ある者が訴訟の結果に基づきその権利の満足を得られるようにしておく必要があること、紛争当事者の一方である債務者に対し本案訴訟までの間仮定的・暫定的な権能ないし地位を甘受させることは、右の必要性に照らしやむを得ないことにあると解される。そうすると、民事保全制度の許容性は、その直接的影響が基本的には個人的権利・利益に関する紛争両当事者間に留まることにあるといえるところ、一号訴訟を本案とする保全仮処分の場合には、個人的権利・利益に関する紛争ではなく、かつ、その直接的影響が地方財務行政ひいては当該紛争の当事者となっている一部住民のほか当該紛争に全く関与していない住民全体に及んでしまうのであるから、一号訴訟には、そもそも民事保全法の仮処分を許容する制度的基盤がないといわざるを得ない。

(二)  また、民事訴訟においては、当事者能力を有するのは、いわゆる権利能力のない社団又は財団を除き、原則として民事実体法上の権利能力を有するものとされるところ、一号訴訟においては、普通地方公共団体自体又は長個人若しくは職員個人ではなく、普通地方公共団体の執行機関としての長又は職員が被告とされるが、普通地方公共団体の執行機関たる長又は職員は、本来、民事実体法上の権利能力を有しないものであり、同号の規定により特にその訴訟上被告としての当事者能力が認められているものであって、これを離れて民事訴訟法上一般の当事者能力、ひいては民事実体法上の権利能力を有するものとされるわけではない。それゆえ、仮に一号訴訟について仮処分を認めるとしても、その債務者は、本案訴訟の被告と同じく普通地方公共団体の執行機関たる長又は職員ということになると思われるが、このような権利能力を有しないものを債務者とする強制執行は現行法上不可能であって、間接強制等の強制手段はないから、任意の履行に期待するほかないということになる。もっとも、強制執行が不可能であることは、本案である一号訴訟の勝訴判決についても問題となるが、その場合には、行政事件訴訟法三三条一項(地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項)による判決の拘束力によって目的を達することができるのである。これに対し、仮処分命令については、これと同様の拘束力を認める規定がなく、右規定を類推適用することも理論上困難というべきである。とすれば、当事者訴訟において、その当事者が民事実体法上の権利能力を有している場合に、民事保全法の仮処分に関する規定を準用する余地があるとしても、一号訴訟においては、右規定を準用することは、その性質に反するものといわなければならない。

(三)  さらに、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求権は、回復の困難な損害を生ずるおそれがあるという限られた要件の下で保全処分的に行使することができるものであるから、同号が、住民に対し、一号訴訟を提起するという以上に民事保全法の仮処分を求める権能まで与えていると考えることは、法の趣旨に合致しない。むしろ、同号は右(一)(二)のとおり、一号訴訟については民事保全法の仮処分制度を利用することができないからこそ、その必要性に鑑みて、特別に保全処分的な差止請求権を認めたものと解される。

(四)  以上の諸点を総合勘案すれば、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく普通地方公共団体の執行機関又は職員に対する当該行為の差止請求権を被保全権利として、民事保全法の仮処分を求めることは許されないというべきである。

3  したがって、本件申立ては、いずれも却下せざるを得ない。

二  申立ての趣旨一項の申立てについて

1  本件協定書によれば、本件用地取得造成事業の事業主体は松江市であるが、右事業を実際に施行するのは債務者公社とされていることが認められることからすれば、本件共同企業体との間で本件造成工事の請負契約を締結することがあるのは債務者公社であり、松江市ないし債務者松江市長が右契約を締結することはないものと認められる。

したがって、仮に、一号訴訟について保全仮処分を認めたとしても、債務者松江市長に対して右契約締結の差止めを求める申立ての趣旨一項の申立てについては、保全の必要性のないことが明らかであり、却下せざるを得ない。

2  また、一件記録によれば、債務者公社は、平成一一年六月三日、本件共同企業体との間で、本件造成工事の請負契約を締結したことが認められる。

したがって、仮に、一号訴訟について保全仮処分を認めたとしても、債務者公社に対して右契約締結の差止めを求める申立ての趣旨一項の申立てについては、申立ての利益がなく、却下せざるを得ない。

三  申立ての趣旨二項の申立てについて

1  仮に、一号訴訟についての保全仮処分を許容する余地があり得るとしても、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止めの対象となる行為が、財務会計上の行為すなわち財産的処理を直接の目的とするものに限られるものであり、右行為の差止めを求める権能が同号により住民に対して特別に付与されたものであることに鑑みれば、一号訴訟によって差し止めることができない当該執行機関又は職員の行為まで保全仮処分によって差し止めることができるとすることは、同号が特別に付与した権能を超えることになり相当ではないから、保全仮処分として許容し得るのは、一号訴訟の差止めの対象となっている行為に限られるべきであり、かつ、その場合の債務者は、本案訴訟の被告と同じ普通地方公共団体の執行機関又は職員に限られると解するのが相当である。

2  本件において、債権者らは、本案訴訟において、債務者松江市長を被告として本件協定書に基づく本件造成工事に対する公金支出の差止めを求めている。他方、債権者らは、本件申立ての趣旨二項において、右公金支出の差止めではなく本件造成工事の差止めを求め、かつ、本案訴訟の被告としていない松江市土地開発公社をも債務者としている。

しかし、本件造成工事を行い田和山遺跡を破壊するか否かは、当該文化財をいかに保護するかにかかわる文化財保護行政上の問題にすぎないし、また、本件造成工事それ自体は、田和山遺跡の歴史的、学術的価値を喪失させるものではあっても、田和山の土地としての財産的価値を減少させるもの、すなわち松江市の財政に財産的損害を生じさせるものでないことは明らかなのであり、本件造成工事は、もともと一号訴訟によって差し止めることのできないものであるから、仮処分による差止めを許容する余地はないというべきである。また、債務者公社は、松江市の財務処理を担当する執行機関でも職員でもないことも明らかであるから、本案訴訟の被告となり得ない松江市土地開発公社には右申立ての債務者適格がないというべきである。

3  なお、債権者らは、右申立ては仮の地位を定める仮処分であるから、本案の被告と仮処分の債務者とが一致する必要はない旨を主張している。

しかし、仮の地位を定める仮処分は、争いのある権利関係について、本案訴訟を待っていては債権者らに著しい損害が生ずること等を避けるために、暫定的な地位を定めるものである。本件において争いのある権利関係は、債権者らに、債務者松江市長に対する公金支出の差止請求権があるか否かという点にあるのであり、債権者らが、本案訴訟によって本件造成工事の差止めを求めることができず、債権者らに本件造成工事の差止めを求める権能ないし地位のないことは、前述のとおり明らかである。したがって、松江市土地開発公社には右申立の債務者適格はないというべきである。

4  以上のとおりであり、申立ての趣旨二項の申立ても、却下せざるを得ない。

四  被保全権利について

さらに、仮に、何らかの理由で一号訴訟の保全仮処分が許される等の立場に立ったとしても、次に述べるところからして、現段階において、被保全権利についての疎明はないといわなければならない。

1  本件整備事業ないし本件造成工事の違法性について

債権者らは、田和山遺跡が現状保存すべき重要な遺跡であるとして、松江市が本件造成工事を行い田和山遺跡を現状保存せずに破壊することは、文化財保護法三条、四条、九八条、地方自治法二条三項一四号、ユネスコ活動に関する法律に違反する違法なものであると主張している。

しかし、そもそも、文化財保護法三条、四条、九八条、地方自治法二条三項一四号、ユネスコ活動に関する法律のそれぞれの目的、規定の仕方等からみて、これらの法律が、地方公共団体に対して、特定の文化財について現状保存すべき具体的義務までを課したものと解することができるかは大いに疑問がある。

仮に、右の各法律が、特定の文化財について現状保存すべき具体的義務を地方公共団体に対して課したものと解するとしても、債権者らの右主張は採用できない。すなわち、一件記録によれば、田和山遺跡は、別紙田和山遺跡遺構配置図のとおりであり、標高約四六メートルの小高い山の周りを三重の環壕が廻っており、頂上部分には二棟の建物跡、塀跡、柵列跡があり、山頂に近い内側の環壕(第一環壕)は三回掘り直された後があり、第一環壕からは多数の投石、土器(弥生前期末から中期後葉)のほか、石器、石鏃などが出土し、真ん中の環壕(第二環壕)からは多数の投石が出土し、第二環壕の断面が一部で非常に深く掘られたV字状を呈したところがあり、外側の環壕(第三環壕)からは出土した遺物は少ないが、第二環壕の断面よりも深い断面の様相を呈しており、環壕内においては住居の遺跡は検出されていないことが一応認められる。そして、田和山遺跡の位置付けについては、全国的にもあまり例をみないもので非常に興味深い遺跡である(甲四)、貴重な遺跡であるので学術的意義や価値付けを行う必要がある(甲八の2)などとされ、また、田和山の当初の機能は山の上で農耕にまつわる祭儀を執り行った祭場であろうが、その後の政治的緊張から大切にしていた聖地を死守するために三重の環壕を掘削し、防備体制を整えていったことが読みとれる(甲九の3)とされている。右によれば、田和山遺跡がかなり珍しい遺跡であることをうかがうことができるものの、他にいかなる公益的要請や技術的財政的問題等があろうとも、現状のまま保存しなければならないほどの重要性があるかどうかについては、なお疎明が足りないというべきである。

2  本件整備事業の用地決定手続の違法性について

債権者らは、松江市が本件整備事業の用地を田和山地区と決定した手続ないし判断過程に文化財保護法違反がある旨を主張しているので、以下検討する。

(一) 前提事実に加え、一件記録によれば、次の事実を一応認めることができる。

(1) 田和山地区の取得

民間の住宅会社が、平成元年ころ、田和山地区に住宅地を造成することを計画していた。ところが、右住宅会社は、市教委から同地区には古墳等の遺跡があると推定されるのでその発掘調査等に数年を要する見込みである旨伝えられると、右計画を断念するとともに、松江市に対して当該用地の買取りを求めた。

そこで、松江市は、田和山南側にある古墳等を保存するとともに、田和山北側に国際交流村を設置する事業目的をたて、その用地として田和山地区を取得することとし、平成三年ころ、債務者公社において右用地を取得した。

ところが、その後、右事業を行うことが困難となったため、松江市は、平成五年ころ、当分の間、右用地を田和山学習の森整備事業用地として利用することとし、右用地を債務者公社から取得した。

(2) 保健医療福祉ゾーン整備の必要性他方、松江市は、市立病院が著しい老朽化、狭隘化のため、地域の中核病院としての機能を十分発揮することが困難になっていた上、保健、医療、福祉の各施設を一体的にゾーン整備する必要性に迫られていた

そこで、松江市は、平成七年一〇月に、医療、福祉、保健関係者や学識経験者で構成される診療機能検討委を設置して、市立病院が担うべき診療機能、市立病院の経営方針、今後の病院施設、医療機器等の整備指針、他の病院等との連携、保健、医療、福祉の連携について諮問したところ、診療機能検討委は、松江市に対し、平成八年四月二四日、保健、医療、福祉を総合的に推進し、市立病院をその拠点施設かつ松江医療圏の中核病院とする必要性がある旨、そのためには、市立病院を移転新築し、保健福祉の関連施設を病院敷地内に併設してゾーン整備するのが望ましく、三万から五万平方メートル程度の用地が必要である旨等の中間答申をし、平成九年四月二二日、右中間答申を更に具体化した最終答申をした。

(3) 立地検討委

松江市は、右の中間答申を受けて、平成八年六月に、松江市の助役を委員長、各部長等を委員とする立地検討委を設置した。

立地検討委は、①東朝日地区、②県立プール地区、③田和山地区(乃白地区)、④東津田地区、⑤八色谷地区、⑥大庭地区の六カ所の候補地を選定して検討した結果、右の①東朝日地区、②県立プール地区、④東津田地区、⑤八色谷地区は、いずれも難点があるのに対し、右の③田和山地区は、十分な用地確保が比較的容易、交通の利便性が高い等の利点があり、田和山南側の古墳等に配慮した造成計画が可能等比較的難点が少ないとの理由から、右の⑥大庭地区は、同地区内に遺跡があるものの造成を工夫することで対処が可能であるとし、有効面積を十分確保できるなどの理由から、右二カ所が適地であるとの判断を、債務者松江市長に対し、平成九年一月一〇日、報告した。

(4) 用地の決定

松江市は、診療機能検討委の答申や立地検討委の報告等を受け、市立病院を移転新築し保健医療福祉をゾーン整備する本件整備事業を行うこと、その用地として田和山地区を候補地とすることを決め、債務者松江市長は、平成九年三月の市議会でその旨を表明し、松江市議会は、平成九年九月、本件用地取得造成事業のため平成九年から同一八年まで三三億三〇〇〇万円の債務負担行為を承認した。

松江市は、同年九月一六日、債務者公社との間で、本件用地取得造成事業の事業費を三三億三〇〇〇万円として、本件協定書を交わした。

(5) 発掘調査

松江市は、田和山地区が周知の埋蔵文化財包蔵地であったことから、平成九年四月一日、土木工事等のために同地区の発掘を市教委、県教委を経由して文化庁長官に通知する(文化財保護法五七条の三第一項)とともに、事前に市教委において発掘調査を実施することとした。

市教委は、平成九年四月一四日、田和山の発掘調査(文化財保護法九八条の二第一項)に着手し、同月一六日、その旨を文化庁長官に報告し、平成一〇年八月三一日までの調査で、前提事実2記載のとおり三重の環壕等を発見した。

(6) 記録保存の決定

文化財の保護に関する権限を有する市教委は、平成一〇年一〇月ころ、田和山遺跡が、弥生時代の出雲地方の他に類例のない遺跡であり、古代出雲地方の生活、政治、文化等を知る貴重な資料を提供するものと考えられたことから、遺跡の所有者であり本件整備事業ないし本件用地取得造成事業の事業主体でもある松江市と協議するなどして、その保存方法について現状保存も含めて検討した。その結果、市教委は、田和山が、泥状化しやすい細粒砂岩と亀裂のある風化玄武岩から構成されている上、湧き水が各所で確認されるという極めて脆弱な地盤であり、遺構を痛めずに現状のまま維持保存することは技術的に困難であること、現状保存し遺跡公園として整備した場合の公開方法として、部分公開、全面公開、ドーム付き施設で全面公開という三案を検討したが、それらにはいずれも約七億円から数十億円もの経費が必要であり、財政的不可能に近いこと、本件整備事業を早期に行う必要があるところ、田和山地区内で田和山遺跡を造成せずに本件整備事業を行うことは広さの点からみて不可能であること、市議会において田和山遺跡の保存を求める陳情が不採択となったこと等の諸事情を考慮し、田和山遺跡を記録保存とするのが適当と考えるに至った。

県教委文化財課主幹及び松江市文化財室長の両名は、平成一〇年一〇月一九日、文化庁記念物課に赴き、田和山遺跡の保存問題の経過報告と取扱いに関する方針を伝え了承を得た。

県教委は、平成一〇年一二月二五日、市教委に対し、田和山遺跡は類例の少ない弥生時代の環壕をもつ遺跡だが、現状での保存は難しい状況にあるとの回答をした。

なお、市教委は、平成一一年四月八日から、前記の発掘調査をした区域周辺の未発掘部分の追加調査を行い、平成一一年一一月三〇日には調査を完了した。

(7) 本件整備事業実施の決定

松江市は、本件整備事業の必要性及び緊急性、市教委が記録保存と決めたこと、県教委も現状保存は困難との回答であったこと、平成一〇年一一月には橋南地区の大部分を占める計六地区の自治会連合会等から松江市長に対し本件整備事業の早期実施を求める要請がされたこと、市議会も田和山遺跡の保存を求める陳情を不採択とするなど田和山地区に保健医療福祉ゾーンを設置するとの意向であったこと等を考慮して、田和山地区で本件整備事業を実施することを決めた。

市議会は、平成一一年三月、本件用地取得造成事業について、平成一一年から同一八年まで約一九億円の債務負担行為を承認した。

(二) そこで、以下検討する。

(1) 埋蔵文化財の保護に関する手続違反について

文化財保護法の目的を達するためには、文部大臣や文化庁長官、都道府県教育委員会などが、文化財に関する情報を収集把握し、地方公共団体等の関係機関や文化財の所有者等との意思疎通を円滑にして、文化財保護に関する権限を適切に行使することや、その間の連絡調整により文化財保護を図ることが不可欠である。そのため、同法は、周知の埋蔵文化財包蔵地において土木工事等のために発掘を行う場合にはその旨を、遺跡を発見した場合にはその旨を、都道府県教育委員会を経由して文化庁長官に届出又は通知しなければならない等の規定(同法五七条の二、三、五、六、一〇三条)を置いているものと解される。他方、同法は、学術調査のための発掘ないし地方公共団体のする調査のための発掘に際して遺跡が発見された場合は、その旨の届出又は通知を要しない旨を規定している(同法五七条、五七条の五、六、九八条の二)。これは、発掘が地方公共団体の教育委員会や考古学等の専門家の責任の下に行われているため、発見された新遺跡の取扱いをその者の判断に委ねても文化財保護上支障はないものと考えられ、新遺跡が重要なものであれば、その過程で新遺跡の取扱いに関する関係機関の連絡調整を図り、その結果、文化財の保護を可能にしようとしたものと解される。したがって、地方公共団体が文化財保護法九八条の二に基づく発掘調査により新たに重要な遺跡を発見した場合に、当該新遺跡の取扱いについて文化財保護行政機関との連絡調整を図ることなく、当該新遺跡の破壊を伴う開発事業を行うことは、同法五七条の六の趣旨を潜脱した違法なものと評価されることがあるというべきである。

前記認定のとおり、市教委が、文化財保護法九八条の二第一項に基づいて田和山の発掘調査を行ったところ、それまで周知の古墳等の文化財とは同一性のないものと考えられる田和山遺跡が新たに発見されたので、松江市、県教委などと協議を重ね、担当職員が文化庁の担当課にも説明に赴いている。そして、田和山遺跡の価値評価につき、右協議等を通じての連絡調整において不十分な点があったことをうかがわせる疎明は見当たらないのであるから、市教委ないし松江市は、おおむね文化財保護行政機関との連絡調整を行ったものといえる。

もっとも、右の連絡調整は、平成一〇年八月までの発掘調査を前提として行われたものであるが、一件記録によれば、田和山遺跡の諸価値が、その後の追加調査により、それまで前提とされていた遺跡とは別の遺跡と評価されるほどに高まったというような事情をうかがわせる疎明はなく、再度連絡調整をしなければ違法であるとまではいえない。

したがって、松江市が田和山地区で本件整備事業を行うことを決めたことについて、埋蔵文化財の保護に関する手続違反がある旨の債権者らの主張は、採用できない。

(2) 本件整備事業用地決定の判断方法について

① 地方公共団体が開発事業区域内の指定等をされていない文化財(遺跡)を破壊して開発事業を行うことに関して、文化財保護法は、文化財がわが国の歴史、文化等の正しい理解のために欠くことができない貴重な国民的財産であり、将来の国民の文化の向上発展の基礎をなすものであること等に鑑み、地方公共団体や文化財の所有者等に対して、文化財の保存活用に努めること等を求め(同法三条、四条)、その際には私有財産権や国土の開発その他の公益との調整に留意することとする(同法四条三項、七〇条の二第一項)旨の一般的規定を置くのみで、前述のとおり、地方公共団体に対して当該遺跡の現状保存を義務づけてはいないし、かつ、当該遺跡をどのように取り扱うかについては、当該遺跡の重要性と国土の開発その他の公益等との調整という極めて専門的政策的な判断が必要不可欠であることを示している。

そうすると、文化財保護法は、当該遺跡をどのように取り扱うかについては、当該地方公共団体の広範な裁量に委ねていると解するのが相当であり、原則として、適法違法の問題を生じないというのが相当である。

② 他方、文化財保護法は、右の一般的規定に加え、地方公共団体が周知の埋蔵文化財包蔵地において土木工事等の事業を計画している場合に、開発事業を行う地方公共団体と文化庁長官や都道府県教委等の文化財保護行政機関との間の意思疎通を円滑にし、開発事業と文化財保護との調整を図るための規定を設けている(五七条の三、五七条の六、一〇三条等)。

これらの規定の置かれた意義をより積極的に理解すれば、文化財保護法は、前述の連絡調整手続を要求しているのみならず、当該地方公共団体が当該遺跡の取扱いについての裁量判断をするに際しては、開発事業と文化財保護との調整を図る観点から、当該遺跡の諸価値、保護する必要性の程度、保護する場合の方策、実現可能性、当該開発事業の内容及び必要性の程度、事業計画変更の可否、代替地の有無などの諸事情を適切に考慮した上で決すべきことをも要求しているものと解する余地がないではない。仮に右の理解を前提とすれば、地方公共団体が、当該遺跡の重要性など考慮すべき事情を考慮せず又は不当に軽視するなどして当該文化財を破壊して開発事業を行うことを決定したような場合には、その決定は、当該開発事業と文化財保護との調整についての裁量判断の方法を誤った違法なものと評価される可能性があることになる。

③ 本件において、前述のとおり、市教委は、田和山遺跡が、類例のない遺跡で、貴重な資料を提供するものと考えられるとして、現状保存して活用する方策を検討したが、いずれも技術的又は財政的に実施困難と判断し、田和山遺跡の調査結果に基づき、精密な模型の製作、記録映像の撮影、関連施設での展示公開の方針を決めたことが一応認められる(乙一一)。松江市も、前記認定のとおり、本件整備事業の必要性・緊急性、市教委の記録保存の決定、県教委の現状保存は困難との回答、用地確保の問題、市議会や多くの住民の意向等を考慮して、田和山遺跡を記録保存とし、田和山地区で本件整備事業を実施することを決定したものと一応認められる。そして、田和山遺跡があくまで現状保存すべき重要な遺跡であることを認めるに足りる疎明はない。

そうすると、松江市は、その裁量判断の過程において、田和山遺跡の発掘調査前から田和山地区を本件整備事業用地とする結論を出していたとはいい難く、田和山遺跡の重要性を考慮せずあるいは不当に軽視していたものともいい難い。よって、松江市の判断方法に誤りがある旨の債権者らの主張は採用できない。

3  したがって、被保全権利すなわち本件公金支出を差し止める権利があるとの疎明はないといわざるを得ない。

五  結語

以上のとおり、債権者らの本件申立てはいずれも不適法であるから却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 横山光雄 裁判官 遠藤浩太郎 裁判官 田中俊行)

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